唯我独論

ルアー・フライフィッシング、気象等に関する独論を綴る

日本人は太古の昔から魚を食べてきた事は紛れも無い事実である。

言うならば根っからの「魚食DNAを持った民族」なのだ。しかし、昔は食べる為に取るだけの行為であった「釣り」も、現在では楽しむ事を含んだレジャー的行為としての一面を持つ事も認識されつつある。

エサ釣りの世界では、今でも釣った魚は持ち帰って食べる事がごくごく当り前の行為であり、それが楽しみである事は疑いようの無い現実である。この現実はリリース・リリースと声高に叫ぶゲームフィッシャーマンとて何故か同じ事がある。この矛盾はどこから発生しているのだろうか?その答えとは、対象とする魚に対して愛が有るのか無いのかという基準なのではなかろうか。けして食べてしまう魚に愛情が無いといっているのではなく、自分の愛している、これからも楽しませてもらいたいターゲットだから食べない、という単純な理屈なのではないだろうか。

多分、これからも日本人は「魚食民族の血の疼き」を鎮める事はできないと思う。しかし、素晴らしいゲームフィッシュ達の保護は急務であるとも考える。この微妙なジレンマを感じながら、考えながら食べる魚の味とは…。